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グルメ紀行

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海外編

平成25年2月9日
「韓国編 ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」

 
日本の総理大臣が安部さんに交代し、期待感が大きいのか、円安株高の傾向になってきている。

 お隣の韓国でも、新しく朴槿惠が大統領になる。新大統領の父君は、日本の陸軍士官学校の卒業生
でもあり、親日家の朴正熙だったので、日韓関係が一時のように良好になることを期待するなあ。

 まあ、内政が悪くなれば、反日で国民のフラストレーションを発散させるというお決まりの手法を使う
かもしれないけど。

 そういえば、半年前の秋に韓国に行った時、現地のバスガイドから聞いた話がある。

 朴正熙大統領時代、ソウルと釜山の間に高速道路を通し、北との有事の際には、飛行機を飛ばせる
滑走路にも転用できるものにしようとしたらしい。
 ドイツのアウトバーンを真似てのことらしいけど、その用地買収が僅か半年で完了したということに驚
いた。


 もし、日本だったなら買収に何十年かかるだろうかな。

 日本から一緒に行った友達と、そんな話をしていた。

 みんなで半ば自虐ネタ的に、
 「そら、30年はかかるかな。」

 「そして、その道は曲がりくねって飛行機が飛ぶことは無理だろうな。」 

 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードだろうな。」

 みんな、苦笑いしたけど、暫くして冷静に考えると背筋が凍るような気がした。

 日本は、他国と陸続きでなくてよかったなあ。

 でも、少しは、日本の安全保障問題も考えなければならないだろうな。

 ソウルでカクテキを食べながら、そう思った。
 



平成24年1月10日
「日本人であることを実感した時」

 自分が日本人であることを意識することは滅多にないが、海外に行った時に、,少しだけ意識すること
がある。

  今から20数年前、約2週間のアメリカ流通セミナーに参加した。これが、中西部で話題になりかけて
いた「ウオールマート」を中心に見学するものだった。

 セントルイス、カンサスシティ、シンシナティ、etcと、ほとんど日本人のいない地域ばかり。

 当然、日本食どころかチャイニーズさえ無い土地柄。10日を過ぎた頃には、無性に日本食が恋しくな
った。

  そんな時、一緒に参加していたメンバーが、唐突に喋り出した。
 「ここから、砂漠を車で2時間走ったら、日系人の経営するレストランがあるらしい。そこでは、レストラン
用の高級日本食でなくて、家庭料理のような日本食を出すらしい。」 

  皆が、注目し始めた。

 「炊きたての白いご飯に、かつおの出汁がプ~ンと香るわかめの味噌汁、お新香まで提供するらしい。

 さらに一品には、出汁巻き玉子か冷奴がチョイス出来るらしい。それと、ご飯はおかわり自由だって。」 

 皆がごくりと唾を飲む。 

 「そして、メインの焼きたてのサンマが出てきて、その上におろし大根をかけて、上から醤油をかけると、
ジューッていう音までするくらい熱々なのだ。オプションだけど、この熱々さんまに上から搾るスダチまで
あるのだ。」  
  
 皆、よだれを垂らし始めた。 
                                  
 「よし、2時間くらいなら、割り勘で車をチャーターして皆で行こう。」  
 「行こう行こう。」 
 「絶対に行こう。エイエイオー!」 
 と、歓喜の声が上がった。

 いい加減話が盛り上がったところで、その男曰く。 
   
 「ここは中西部の砂漠のど真ん中だぞ。そんなものあるわけないだろうが。ジョーク、ジョーク。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 その後、その男がどんな扱いを受けたかは、想像に難くない。

 それから3日後、帰国の途に着くために、ロサンゼルスへ到着した。皆、一目散にファーストフードの
「うどん」へと走った。おそらく、メキシコ人のアルバイトが作った、十分に茹で戻されていない、不自然に
固いうどんではあったが、皆、むしゃぶりついていた。

 皆、やっぱり日本人なんだなあ、と思った次第。

 嗚呼! ハフハフの幸せ。


平成23年11月1日
「ハワイの時間のセンス」の巻

 何年振りかでハワイに行ってきた。本当にノンビリできるところなのだなあ。

 お決まりの観光コースの後の3日目、やっと自由行動になったので、ホノルルのしゃぶしゃぶに行った。
ウエイトレスは全員、アジア系で着物姿だったけど、日本語は少し苦手のようだった。何か違和感を感
じたのだ。

 そして、そこで、日本では考えられないようなシーンを体験することになった。

 事前にコース料理を予約していたので、でメニュー選びはなかった。そこですぐにビールを注文したの
だが、これが中々来ない。
 料理を食べ初めて5分位してから、やっと持ってきた。

 当然、ビールの次のオーダー、焼酎はオーダーしてから10分以上経ってからしか来ない。一時が万事、
こんな、のんびりした調子だった。

 そうか、相手がそうなら、こっちにも考えがある。

 そうだ。お替りの分も最初から一緒にまとめて頼めばいいんだ。

 そこで、「焼酎3杯お願い。」と頼んだ。一緒にいた友人も同じように、「焼酎2杯」と頼んだのだ。

 案の定、焼酎は中々来なかった。その内、料理もラストに近づき、デザートのチョイスを聞きに来てくれ
ると同時に、今頃になって、焼酎が、合せて5杯やってきた。

 「ええ加減にしろよ。」と言いたくなったけど、ここは世界でも最もノンビリしたハワイ。
 日本式の方が、少しばかり、せっかちなのかなあ、と思い直した次第なのだ。

 でも、肉は結構な量があって、美味しかったなあ。

 嗚呼! ハフハフの幸せ。


平成23年4月30日
「オール・ジャパン」の巻

 今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被害にあわれた
方々に、心からお見舞い申し上げます。

 先週、福島県相馬市で、勝手にボランティア活動に行き、支援物資を届け、餅つきをしてきたけど、
みんな、喜んでくれたと思う。

 その時に思ったけど、避難所では、極限状態に近い精神状態であるにもかかわらず、統制と秩序が
保たれていたのを見て、本当に驚いた。東北人のメンタリティーは、噂通り、忍耐強いなあ、と心から
思った。

 外国での報道でも、日本人の道徳規範の高さや、忍耐力の強さに、驚嘆・賞賛の声が上がっている
けれど、正に同感なのだ。
 そして、次から次へとボランティアの人達が訪れていた。義援金も、かなりの金額が集まっていると言う。

 これが外国人には理解できない「オール・ジャパン」の精神かもしれないなあ。見方を変えたら、ある種
の外国人(特に近隣2ケ国)にとっては、オール・ジャパンのセンスは、自国を脅かすものと映るかもしれ
ない。

 何とか、このセンスをぶち壊そうと、反日教育とかメンタリティを壊すため、いろんな理由をつけて教科書
への干渉をするのは自然な動きなのかもしれない。


 オール・ジャパンと言えば、30人の団体で20年前にアメリカに行った時のことを思い出した。
   
 レストランでの夕食時に、10人づつ、3テーブルに別れて座った。食事メニューは、前もって全員同じもの
を予約していた
 が、飲み物だけは、各自好きなものを注文して、各自で個別に支払い、ということだった。

 ウエイトレスが飲み物だけのオーダーを聞きにきた。

 隣のテーブルでは、

 [ユー?」 「ビアー・プリーズ」  
  
 「ユー?」「ティー・プリーズ」 「ビアー・プリーズ」  

 「ユー?」 「ビアー・プリーズ」

 一人づつ聞いて、お金の受け渡しをしていた。面倒くさいし、時間がかかる下手なやり方だなあと思った。
もっとテキパキやれよ。

 そこで一計を案じた。

 ウチのテーブルの10人は、全員アルコール大好き人間だったので全員の分をまとめて注文しよう、という
ことで話がまとまった。一人2本づつのビール、ということで、先に2本分の5ドルづつ、10人分を集めて50ドル
にして、ウエイトレスが来るのを待っていた。

 やっと、ウエイトレスがやって来て聞いた。

 「ユー?」

 「20ビアーズ・プリーズ」

 ウエイトレスは聞き返した。 

 「20ビアーズ? ユー?」

 「イエ~ス・オフコース」

 目が点になったウエイトレス。 

 「ユー・アー・クレイジー!」

 ああ、そうか、ここは個人主義の国アメリカ。 
 日本人なら誰でも分かる、テーブルでまとめて何本、というセンスはアメリカ人には通用しないのかなあ。


 平成22年8月28日
「香港・マカオ紀行」の巻 

 超円高の今、親友7人で、香港・マカオに行こうという話が出来た。
 
 気心知れた親友ばっかりなので、事前打ち合わせも順調に進んだのだが、一つだけ、意見の合わない
ところがあった。

 それは、マカオと香港の間の高速船が、物凄く揺れるので、乗り物酔いするメンバーには無理があるので
コースを変更しようと、阿部君が主張して譲らない。

 侃侃諤諤の議論の末、多数決で、ベースキャンプをマカオにして、高速船に乗って日帰りで香港に行こう
ということに決まった。
 阿部君は、かなり不服そうだった。

 マカオではカジノで、少しだけプラスを出し、その資金で香港の中華料理を満喫しようということになった。

 さて、問題の高速船は、ほとんど揺れずに、無事香港に着いた。

 皆が一斉に、阿部君に対して、「大したことないではないか。」と呆れた眼差しを向けた。

 市内観光をして、夕食は中華料理の宴。まずはビールでのどを潤して、次は紹興酒と思いオーダーしよう
としたら、なんと、メニューに載っていない。不思議に思い、ガイドに説明を求めたら、香港では上海と異なり、
殆ど紹興酒は飲まないとのこと。

 そう言えば、昼に見学したデパートでも、やたらワインが陳列され、紹興酒はなかったな。日本でも「ところ
変われば云々」なのだから、ずっと広い中国では、当然かもしれないなあ。

 料理は、海鮮を中心に、かなり美味しかった。本場はやっぱりレベルが違うのだ。美味しいものを食べたら、
幸せな気分になるなあ。


 カジノで負け、高速船の件では皆に悪口を言われ、大好きな紹興酒が飲めなかった阿部君は、かなり
ご機嫌斜めだったけど、残りのメンバーは本当に楽しませてもらって、気分は最高!

 宴を終えて、ベースキャンプのマカオに向けて、最終の高速船で出発進行! 楽しかったことをワイワイ
ガヤガヤと盛り上がったいたけど、阿部君だけは、相変わらず、ご機嫌斜めだった。

 その時だった。高速船が急に大きく揺れだしたのだ。その大きな揺れは、1回や2回でなく、断続的に続い
た。

 メンバーの中には気分が悪くなる奴もいた。

 嗚呼、楽しかったことが台無しになるかも。

 そしたなんと、さっきまでいじけて、元気のなかった阿部君の顔が、みるみるうちに嬉しそうにニコニコして
きたではないか。

 そして、誇らしげに元気良~く一言。

 「ね、僕の言った通りでしょ。」

 嗚呼! ハフハフの幸せ


平成22年3月29日
「アメリカでの失敗談 VOL1」の巻 

 アメリカ流通事情セミナーに参加した。

 到着した日の夕食はステーキ。
 その巨大サイズと値段の安さにはたまげた。だって、夕食代はツアー料金に含まれているのだから。

 That hit the spot. I'm so full.

 翌日は、終日、見学に出かけるので、朝のうちに夕食を予約するシステム。 ビーフとチキンのチョイスだっ
た。
どっちでも値段は一緒。
 
 その時、思った。
 ビーフが、あんな凄い量なんだから、同じ値段でチキンなら丸々1匹、ひょっとしたら2匹出るかも。

 当然、チョイスはチキンだった。

 そして本番。先に巨大なビーフが運ばれていく。  

 Not big, but huge!
 
 唖然とするボリュームなのだ。これはチキンはかなり期待大なり。

 そしてチキンが来た。 

 そして、一瞬凍った。

 何なのだ、このジャパニーズ・サイズは?


 状況を理解するのに時間は必要なかった。

 アメリカではビーフは日本と比べて滅茶苦茶安いけど、チキンは、日本とあまり変わらないのだ。

 嗚呼! 


「アメリカでの失敗談 VOL2」の巻 

 アメリカ流通事情セミナーも終盤。

 流石に肉系の連チャンには辟易としてきた。

 あっさり醤油ラーメンか、うどんが食べたいけど、此処はアメリカ中西部ミズーリー。 そんなもの、あるわけ
ない。

 ところが、見学に行ったショッピングセンターにチャイニーズレストランを発見。

 Heaven helps those who help themselves!

 自由行動時間があまりないため全力疾走で向かった。なにせアメリカのショッピングセンターは滅茶苦茶、
広いのだ。

 ところで、ラーメンって英語で何て言うのだろう。
 あれ?たしかヌードルのはず。

 2杯くらい食べてやれと思い、ヌードル欄にあった五種類のメニューのうち二つをオーダーした。

 オーダー品が来るまでの時間の、それはそれは長かったこと。

 My order has not come yet.

 そしてヌードルが来た。 またもや一瞬凍った。

 何なのだ、これは焼そばじゃないか。ラーメンじゃないぞ。


 その時、思い出した。ラーメンは英語でスープヌードルだった。でも、集合時間までの時間がない。こんな
広いところ、日本語が全く通用しないところに、一人残されたらえらいことだ。

 Oh  my God!

2013-12-03 11:08:50

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国内編

平成25年8月10日
「ラーメン紀行・鹿児島」の巻
 桜島の白煙と錦江湾の絶景が素晴らしい、薩摩鹿児島に行ってきたのだ。

 城山で西郷さん最期の地を訪れ、島津別邸を見に行ったけんど、さすが77万石の大名は、ちと違うなあ。
こんな凄いのは、御三家尾張名古屋の宝物殿以来なのだ。
 鎖国時代から密貿易で国力を高めていた往時が偲ばれるなあ。

 ただ、中国からのPM2.5で、街全体にベールがかかっていたのには閉口した。

 その後、薩摩揚工場での試食と見学、焼酎工場での試飲と見学をした。焼酎工場では足元がふらつくくら
い、いろいろと試したのだ。勿論、ちゃんと、購入もして宅急便で徳島まで送った。

 翌日は、知覧の武家屋敷を見てから、陸軍の特攻隊記念館を訪れた。それはそれは、涙なしでは見学でき
なかった。

 沖縄決戦に向かって飛び立った若い隊員の遺書を読んで、その精神の崇高さに、思わず落涙してしまった。
あんな真似は、生半可は覚悟では出来ないなあ。

 敬礼!

 そして、その晩、鹿児島の夜の街に友達5人と繰り出した。
 目的の1番は、本場の焼酎、そして2番目は鹿児島の郷土料理。

 徳島では聞いたことない銘柄の焼酎がいっぱい置いてあったけど、あまりに多すぎてチョイス出来なかった。

   それで、店の仲居さんに任せたら、これが本当に美味しかった。やっぱり地元の人に選んでもらうのが一番。

 ガイドブックのお薦めや、観光客受けを狙うたもんを選ぶよりも、地元の人の評判、何でもこれが一番正しい
情報のようなのだ。

 だけど、コース料理の中で、刺身醤油が異常に甘かったけど、これは鹿児島風の醤油らしい。それ以外は
充分料理を堪能した。中でも地鶏と、きびなごが格別美味しかったなあ。

 食事の後は勿論2次会。焼酎バーに入った。そこでも絶品の芋焼酎を心ゆくまで味わったのだ。

 そして、〆はやっぱりラーメン。鹿児島ラーメンの店に行ったのだ。九州だから、博多や熊本と同じように、
豚骨の効いた、かなり濃い目の味だろうと予測していたら、これが何と、あっさり系だったのだ。

 確かにベースは豚骨と思うけど、あんまり豚骨っぽさを出していないスッキリ系だった。麺は、かなり白い、
かん水の濃度が低めのもののような気がした。

 もうひとつ、驚いたのは、ご飯を頼んでいないのに、漬物がついていることだった。
 ご飯が欲しくなったけど、ラーメンがあっさり系だったので、まあいいかと思って、ご飯は頼まなかった。

 あれって思ったけど、翌日、鹿児島空港で食べた鹿児島ラーメンも、あっさり系だったので、やはり、これ
が鹿児島のスタンダードなんだんあ。これは意外だったなあ。

 「じゃっどん、オイは、こげんあっさりとは、思いもうはんかったでごわす。」 これが本音なのだ。

 ところ変われば云々。 日本は狭いようで広いなあ。


平成24年12月1日
「ハンバーグカツ定食」の巻
 今から20年前のバブル時代。パパが東京へ出張した時のこと。

 当時、食べ物屋は、大阪では、まず、はずれはないけんど、東京では、運が悪ければ全くはずれの店に入
ってしまうことがあった時代なのだ。

 もちろんレベルの高い店もあるけど、値段だけが、東京の土地代に相応しく高く、味のレベルは、それに全
く追いついていない店も相当数あるのが東京の現実だったのだ。

 そして、たまたま昼食に入った店は、正にその典型だった。普通の喫茶店が、ランチメニューを提供している
店で、食後のコーヒーが100円で飲めると書いてあった。

 これはラッキーと思って、ランチメニューを選ぶことにした。メニューは3種類で値段は、どれでも650円。海老
フライ定食と、豚しょうが焼定食、そしてハンバーグカツ定食だった。

 このハンバーグカツ定食に、ビビっと反抗してしまった。

 だって、他のふたつは単品なのに、これだけは、ハンバーグとカツの2種類が付いているではないか。同じ
値段なら、絶対にお買い得に違いない。

 ルンルン気分で待っている間、先にオーダーしたお客さんに、料理が運ばれている。圧倒的に、豚しょうが焼
定食が多い。東京の人は、肉じゃがでも豚肉を使うというから、余程、豚肉が好きなのだなあ。

 でも、なんで、お得なハンバーグ&カツ定食にしないのだろうな。

 待つこと約5分。やっと運ばれてきた。「ハンバーグカツ定食お待たせしました。」

 お皿を見た。そこには、平らなコロッケらしきものが1ヶだけチョコンと乗っていた。 
                                           
 「あのう、ハンバーグカツ定食を頼んだのだけど。」

 ウエイトレス曰く。
 「これがハンバーグカツ定食ですよ。」

 「これは、どう見てもコロッケ、百歩譲ってもメンチカツにしか見えないのだけど。」

 そしたらウエイトレス曰く。
 「ハンバーグカツとは、ハンバーグをカツにしたものです。メンチカツとも言いますね。」

 ガ~ン。確かに、メニューには、ハンバーグカツとあり、ハンバーグ・カツとも、ハンバーグ&カツとも書いてい
ない。

 嗚呼、早合点だったのか。

 それなら、ハンバーグカツではなく、ちゃんとメンチカツと書いておけよな。
 





平成22年11月15日
「京都紀行」の巻 

 勉強会のメンバー10人で京都へ行ってきたのだ。名刹、名庭園を見学し、今流行りの龍馬ゆかりの名跡を訪
ねた。

 夕食は、お小遣いを貯めて、少し贅沢な料理を食べようということで、祇園のHANA吉兆へ行った。

 さすがに嵐山の吉兆は少し贅沢過ぎるということで、今回はパス。それでも、期待は膨らむばかり。

 .「お越しやす。」という京都弁を聞いて気分は最高。

 料理はコース料理なのだ。それはそれは、松茸等の高級食材をふんだんに使った最高レベル。これを、おそら
く一流の食器で食べる。お酒も洛中にただ1軒だけ残る老舗のものを満喫した。

 大満足して気分までリッチになった。やはり日本の最高峰は、少し違うな。

 さて、食事の後は、先斗町を通り抜け、鴨川沿いを散歩。少し雰囲気のいいワインバーで二次会。リッチな時間
を過ごせたのだ。

 ところが、二次会が終わってから、いつもの癖で、自分の意志とは関係なしに、自然に足がホテルでなくて、ラー
メン店の方へと向かってしまったのだ。周りには、パパと同じ本能も持つメンバーが3人程、着いてきていた。

 看板には京都ラーメン、と書いてあった。みんな迷わず大盛りをオーダー。

 そして、ラーメンが運ばれてきた時、酔った頭が全てを思い出した。

 そうだ。京都ラーメンは、久留米ラーメンと並んで、濃厚な味がウリのラーメンだった。

 メンバーも、京都ラーメンというからお茶漬けがわりの和風のあっさりラーメンを期待していたようだった。
 これで、全てが台無し。ラーメンはラーメンで単独で食べるべきだった。最後の詰めで失敗してしまった。

 「画竜点晴を欠く」 「高名の木登り」 とはこのことなのだ。

 嗚呼、 ハフハフの幸せ。


平成22年10月19日
「山陰温泉紀行」の巻 
 少しだけ涼しく秋らしくなってきたので、気心知れたメンバー4人で、島根県の玉造温泉に行ってきた。
 旅館に着いてからは、プールのような広い露天風呂に入り、気分は最高だったよ。

 そして、いよいよメインイベントの蟹三昧の食事タイム。運ばれてきた皿を見て大満足。どこを見ても、蟹、蟹、
蟹、正に蟹のてんこ盛りだった。

 徳島で友達と一緒に、限られた量の蟹を食べる時には、ひたすら蟹の身を取るのに必死になって一言もしゃ
べらず、会話ゼロ状態のことが多かったけど、これだけの量の蟹が目の前にあれば、ゆっくりと焦らずに、会話
を楽しみながら食べられのだ。

 良い酒、良い料理、良い会話の三拍子が揃い、至福の時を過ごせたのだ。
 やっぱり、本場日本海の蟹は美味しいと思った。

 その時だった。友人が、仲居さんに質問した。「こんな大きな爪の蟹、あんまり見たことがない。やっぱり本場
のものは違うのかなあ。」

 それを聞いた仲居さんが一言、

 「お客さん、お目が高いですね。この蟹は本場カナダ産です。」

 嗚呼


平成22年7月12日
「ラーメン紀行・沖縄」の巻 

 九州のはるか南の地、沖縄に行ってきた。

 大東亜戦争末期、日本で唯一の地上戦となった激戦の地。米軍の「鉄の雨」のような艦砲射撃の凄まじさ
や、断崖絶壁まで追い詰める残酷なモップアップ作戦への徹底抗戦。

 日本海軍大田司令官に最後の通信として、「沖縄県民、かく戦えり、後に格別のご高配を」 と、海軍次官宛
に打電せしめた沖縄の奮闘と悲惨さに熱いものを感じたわよ。不覚にも思わず落涙してしまった。

 平和祈念公園、ひめゆりの塔、司令部跡で慰霊を済ませ、目的の沖縄そばを食べに行ったのだ。

 太い麺に、ぶ厚い豚バラ肉のトッピング、豚骨のわりには意外にあっさりしたスープ。いわゆる一般的ラーメン
とは少しジャンルが違うような気がした。

 話は変わるけど、沖縄県民の気丈ぶりに感心したエピソードを紹介しよう。現地のガイドから聞いた話なんだ
けど。

 それは、92歳のお婆さんが、家に侵入してきた猛毒のハブをハエ叩きで、撃退したっていう話なのだ。

 これって、凄いことだと思う。92才のお婆さんなのだ。なんと気丈なことだろう。

 あんたがた、万一、ハブとや遭遇したら、どうする。 凍ってしまうかもしれないなあ。

 そこで提案。

 「お前は毒を持っているのか?」とハブに聞いてみるのだ。

 そしたら、ハブは、こう答えるかもな。

 「イエス アイ ハブ」


平成22年1月16日
「ラーメン紀行・博多」の巻

 九州は博多に博多ラーメンを食べに行ってきた。

 札幌での苦い体験を反省し、今回は、少々荒っぽく感じる九州弁が聞こえてくる店を探した。やっぱり、地元
の人に人気のある店こそ本物の店、研究に値する店だと信じて疑わない。

 金曜の夜だということもあり、どの店も結構、込んでいた。
 「○○とねん。」 「○○じゃなかと。」
 よし、九州弁に間違いなか。

 白くて濃い豚骨スープに、極細麺、チャーシューとネギ、きくらげがトッピングされていた。紅しょうがとゴマが
自由に入れられるようになっていた。
 これは、かなりのレベル。特にスープは絶品だと思った。スープを全部飲み干して幸せな気分になってきた。
 嗚呼、ハフハフの幸せ。

 その時だった。隣の客が替え玉を頼んだのだ。メニューには替え玉130円と書いてあった。

 よし、同じように替え玉を頼もう。

 「すいません。こっちも替え玉お願いします。」

 すると、店の人が呆れ顔で一言。

 「お客さん、スープが残っとらんとよ。」

 嗚呼。




平成21年11月20日
「ラーメン紀行・札幌」の巻 
 北海道に札幌ラーメンを食べに行ってきた。
ガイドブックに載った観光客相手の店でなく、地元の人が並んでいるような店を探したのだ。

 やっぱり地元の人に人気のある店こそ本物の店、研究に値する店だと思う。
 寒い寒い、すすきの界隈を歩きまくって、やっと、行列の出来とる店を見つけることが出来た。 ラッキー。
 「昭和31年創業の店」という看板も気に入ったのだ。
店もお客さんでごったがえしていた。

 「この店で一番売れているラーメンを頂戴。」とオーダーしたのだ。

 一番人気の黒味噌ラーメンはかなりのレベル、美味しい!と思うとともに、幸せな気分になってきた。

  嗚呼 ハフハフの幸せ。

 その時だった。
 奥の大テーブルの10人位のグループ客が、食べ終えて帰ろうとした時だった。

  全員が、大きな声で「結構いけまっせ。」「美味しいやんか。」「なんぼかいな?」「割り勘でええやろ。」
と、見事な大阪弁で喋ってくれたのだ。

  嗚呼。



 

2013-12-03 10:04:27

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